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温浴と癒しの知識

西暦212年、古代ローマの支配者カラカラは、実弟のゲタを殺害し、古代ローマ帝国の単独の支配者となリました。皇帝ネロと並んで悪名高いカラカラ帝は、弟を暗殺して帝位につき、弟の友人だったというだけで2万人を超える人々を殺害したり、気に入らないというだけで町の住民を皆殺しにしたり、7年間の在位の中で行った悪行は数知れません。

しかし、そのカラカラ帝も戦場では兵士と共に寝食を共にし、自ら重労働にも加わり徒歩で行軍もするなどしたので、兵士達は好かれるなど、軍隊からは圧倒的に支持されていたようです。ペルシャに出陣した際に、無名の兵士に殺されて最後を遂げます。このような残酷なだけのようなカラカラ帝ですが、212年には帝国内の全自由人にローマ市民権を与えるという「アントニヌス勅令」を発布。税制改革や、通貨改変などの経済的な改革も実行しています。

イタリアローマのコロッセオから南へ約1Kmのところに、西暦217年にカラカラ帝によって造られた大理石とモザイクで飾られた大浴場があります。間口220m、奥行き100m、ディオクレティアヌスの浴場ができるまでの約1000年間、ローマで一番の大きさを誇っていました。広さ1,100平方m以上もあり、男女混浴ですが、一度に1,600人も収容することができたといわれています。近年ではその場を利用して、サマーシーズンに大規模な野外オペラ(Teatro dell' Opera di Roma)が開催されていますが、なんといっても、6世紀に外敵に破壊されるまで使われていたのです。

この巨大な公共の浴場は、今の「総合レジャー施設」のようなもので、3種類の風呂場、たくさんの個室、2つの体育館、図書室、休憩室、庭園、集会室などが完備されていてました。内部は左右対称に作られていて、一方が男湯、他方が女湯だったそうです。どこかで見たことのあるような造りで、当時のレジャーセンターであり社交場であったようです。

ローマの公共浴場は、市民権をもっていれば無料でしたから、当然このカラカラ浴場も無料です。ローマ人は毎日早起きして午前中は働き、午後は昼寝をしてから浴場に行って運動をしてから風呂に入り、政治や商売などの話をしながら仲間と過ごしていました。

この浴場は一度に1,600人ほどの人々が入場でき、1日に5,000人ほど入浴できました。しかし、約10万平方メートルの敷地内では、ほぼ10,000万人くらいの人々が働いていたようです。そして、地下には薪置き場や業務室、二台の馬車が通れる地下通路が作られていました。もちろん、水洗トイレも完備していたのです。この頃日本は、邪馬台国の卑弥呼の時代ですから、想像を絶する巨大な富が存在していたことになります。

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